今年(2018年)31回展を迎えた「日本の自然を描く展」。昭和のおわりから平成にかけて歴史を刻んできたこの展覧会は、ゆったりとした時間の流れる上野の森の雰囲気を体現するような、親しみやすい公募展となっている。魅力の一端を展覧会担当者の吉沼整さんに聞いた。
話を聞いた上野の森美術館、吉沼整さん
身の回りに自然が溢れている
- 上野の森美術館は「上野の森美術館大賞展」(以下、大賞展)と「日本の自然を描く展」(以下、自然展)の2つの公募展を主催している。
- 大賞展はS100号までの大きさの作品を募集する、プロの作家を目指す人の登竜門だ。そして大賞展の創設から5年後の1988年に始まった自然展は、F10号までの小品を募集し、プロアマ問わず、趣味で絵を描いている人が自分の絵を発表できる場となっている。
- 「創設当時の話を伝え聞くところでは、『自然展』というタイトルは気さくに命名されたとのことです。身の回りを見直せば、遠くの名所・旧跡を巡らなくともいい景色はいっぱいある。同じ場所でも春夏秋冬で風景も変わる、という発想から付けられたといいます」と吉沼さん。敷居を低く、間口を広く取ってることがわかるエピソードだ。
- この二つの賞は性格を分けるだけでなく、有機的なつながりも持っている。
- 「最初に自然展に出品して冠賞を取ったが、次に大賞展に出品するという ステップアップの流れがあります。そういった人には大賞展でも賞を取った方もいらっしゃいます」
1日あたり1000人ほどの来場者でにぎわう会場(東京展・上野の森美術館)
より自由な間口を ― 「自由部門」
- 自然展には「日本の自然」を描く課題部門と、人物、静物、外国の風景などを描く自由部門がある。
- 「最初は『自然』をテーマにした展覧会としてスタートしました。しかし、健康状態などの要因で、外に出て制作することが難しいという作家さんから、室内で花や果物といった静物を描いているが出品できないか、とのお尋ねを受けて課題部門と自由部門を設けることになりました」
- 現在、自由部門の応募は、課題部門とほぼ同数かやや下回るぐらいという。審査時には部門名を伏せて作品の善し悪しで入選を決め、最終的に部門を確認する手順なので、純粋に絵としての評価であって部門による優劣はない。また、油絵や日本画、水彩画以外の異素材のコラージュや、レリーフのような半立体の作品も会場では散見され、自由部門の「自由さ」は大きく許容されている印象だ。
- 「基本的には厚さ5cmくらいまでなら写真以外は受け付けています。毛糸やパッチワークや押し花の出展もあります。手で作ったもので、壁にかけられる平面であれば歓迎しています」。
会場の一角にある子どもたちの作品は「芸術による教育の会」による展示。
「美術館は敷居が高い印象を持たれがちですが、小さい頃から美術館に作品が展示されたり、実際に展示を観に行ったりする機会があれば、子どもたちがもっと気軽に美術館に来てくれるのではないかと企画しました」
趣味の絵画だからこその新鮮な主題
- 誰でも応募しやすい要項になっているが、展示される作品はどれも趣向に富んだ質の高いものだ。美術大学の卒業生や公募団体に所属している人の出品も多いという。
- 「今回大賞を受賞した〈九十九里の小さな砂丘〉の作家はイラストレーターとして活躍されている方です。近所に絵画教室ができたので通いはじめ、本職とは違う作風で描かれていて、作品が溜まってきたので出品してくださったそうです」
- また、プロの絵描きではないからこそ、描き手の生活や人生が垣間見えるのも面白い。
- 「審査員の先生も、どういう視点で作品を描いているかを観ていますね。審査員はプロの絵描きなので、自分が気づかなかったテーマにドキリとすることもあるようです」
上野の森美術館賞 課題部門 ゴトウヒロシ 〈九十九里の小さな砂丘〉
上野の森美術館賞 自由部門 松下弥生 〈おかえり〉
展覧会からの拡がり
- 上野の森美術館では、上野の森アートスクールも開催している。
- 「自然展の出品者に声をかけて友の会を作り、当初はスケッチ会などを行っていたのですが、絵画教室も始まりました。講師は大賞展で受賞した作家にお願いしています。」
- 毎週、隔週、月1回の開催のほか夜間講座も週に何日か開催している。現在340人ほど受講者がいるという。このスクールの受講者も、自然展、大賞展を目指していくことになる。
友の会スケッチ講座の様子
自然展への愛着
- 自然展には賞金はなく、賞状と記念品のみ。一方の大賞展は大賞が150万円、優秀賞で50万円の賞金が用意されている。事務局の内部では「賞金を出してはどうか」との声が挙がったこともあったが、賞金を目指しての出品は展覧会の性格と違うという判断がされたそう。そのような自然展には、みな損得を超えた不思議な愛着を感じているようだ。
- 「大賞展は1回賞を取ると、続けて出品する作家はとても少なくなるのですが、自然展はずっと出してくれる人に支えられています」
- 奇妙に感じられるが、冒頭で紹介した自然展を経て大賞展で受賞をした人も、また自然展に戻ってきて出品を重ねているという。また毎年の自然展を楽しみに、もう30年も出し続けている方もいるそう。「毎年出しているのに入賞できない、とお叱りを受けることもありますが(笑)」。
- かように応募者に愛されている自然展。美術館が運用するスクールや大賞展ともゆるやかな連携をしつつ、賞や世代、プロとアマチュアの違いを超えた豊かな生態系をつくっている魅力的な展覧会だ。
(取材・構成=竹見洋一郎)
当サイトに掲載されている個々の情報(文字、写真、イラスト等)は編集著作権物として著作権の対象となっています。無断で複製・転載することは、法律で禁止されております。