- 1922年に、院展洋画部出身の小杉未醒(放庵)、倉田白羊、足立源一郎、山本鼎らと、草土社の岸田劉生、中川一政、木村荘八らを中心としたメンバーにより発足された春陽会。今年は毎春恒例の「春陽展」が、記念すべき第100回を迎え、六本木・国立新美術館において盛大に開催された。「ふるりる3」で最高賞の第100回記念賞を受賞した田口玲子氏と、記念事業を中心となって推進してきた小池悟理事長に、現在の想いや今後の活動について話をうかがった。
テーマは植物の生命力。その美しさと感動を伝えたい
―第100回記念賞受賞、おめでとうございます。田口さんは、会員ではなく、会友だそうですね。受賞も今回が初めてとか。
田口:春陽展には17年間、毎年出品してきましたが、初めての受賞で、しかもいきなり最高賞をいただくなんて、本当にびっくりしました。ここ数年は4回ほど賞候補には挙がっていたのですが、私の絵は抽象ですし、会の中ではちょっと傾向が違うので、受賞はないだろうと勝手に思っていたんです。ですから今回、ああ、見てくださっている方がいるんだなと、とても嬉しく思いました。
―絵を描くようになったきっかけや、春陽会との出会いについて教えてください。
田口:もともと絵は好きで、30代くらいからずっと描いていました。子どもたちが小学生になった頃、公民館講座で絵を習い始めたら、すごく面白くてハマってしまったんです。当時、熊本に住んでいたので、江津湖に毎日おにぎりを持ってスケッチをしに行くのが何よりの楽しみでした。子どもたちが大学を卒業すると、私も大学で絵をちゃんと学んでみたいと思い、地元大分の別府大学のOA入試を受けました。それが50歳の時です。芸術文化学科の絵画コースで4年間、卒業後は研究生で1年間、じっくり絵と向き合い、とても充実した楽しい5年間でした。周りはみんな、自分の子供より若い人たちばかりでしたが、絵画という共通言語があると、何でも喋れるんですよ。アトリエが夜の8時まで使えたので、1日でも休むのがもったいなくて、毎日通っていました。その学科に春陽会の松本篤先生がいらっしゃり、見に行った春陽展の温かい自由な雰囲気に惹かれ、4年生の時に初めて春陽展に出品しました。
―受賞作の「ふるりる3」は、どのようなコンセプトで描いたのですか?
田口:「咲く」という植物の生命の営みをイメージして描きました。タイトルは、フランス語で咲くという意味の「fleurir」を、フラワー、花と捉えられないよう平仮名にしたもので、もう6年程このテーマで制作しています。色を使うことが好きなので、植物が芽吹いて色が湧いてくると、春の色を探しに、電車に乗って由布院や竹田など、あちこち行くんです。ベビーリーフのサラダみたいな緑の山を見てわくわくしたり、足元に咲く草花の彩りに感動したり。自然からインスパイアされたものを、ずっと描き続けています。
最初の頃は、先生方にアドバイスをいただいても、私はこうしか描けないんだからと、生意気なことを思っていました。でも展覧会に出すということは、自分が感動したことを伝えたいから描いているわけですし、伝えたいから皆に見てもらう。だったら、自己満足の絵ではいけないと気づいたんです。60を過ぎてやっと(笑)。だから今回は、伝わった気がして嬉しかったです。
―今後の抱負を聞かせてください。
田口:賞をいただいたことで、歩み続けて進歩していかなければいけないという、次のページをめくるような思いでいます。12月には受賞作家展がありますが、その前に、11月に個展を開く予定なので、会場をどんな作品で埋めようか、あれこれ考えているところです。
一人ひとりが、新たな歴史をつくっていく
―ここからは小池理事長にお尋ねします。田口さんの作品は、どのような点が評価されたのでしょうか?
小池:長年の出品の積み重ねの中で、今回の作品には新たな展開が見られました。のびやかさや大胆な色使いに、他の春陽会の作家にはない魅力があり、それも単なる色遊びではなく、描き手が捉えた景色が、ちゃんと絵具としての表現につながっている。今後さらに期待できる作家として、第100回記念賞にふさわしいと評価しました。審査は全会員で行なうのですが、審査員の皆さんの気持ちを掴んだと思います。春陽会は、基本は具象系の団体ですが、特定の表現にこだわることなく、多様な表現を尊重する会でもあります。今回の田口さんの受賞は、その春陽会の姿勢や特徴をよく表していると思います。
―昨年12月に開催された「春陽会 次世代を担う作家たち」展を皮切りに、今年は100周年の記念事業が目白押しですね。今回の春陽展でも、特別展示として100年の歴史を振り返る貴重な資料を多数公開し、反響を呼びました。
小池:6年計画で会員・会友から積立て寄付金を募り、準備を進めて来ました。今後の予定としては、1922年の創設から約40年間に生み出された作品群約100点を展示する「春陽会誕生100年 それぞれの闘い 岸田劉生、中川一政から岡鹿之助へ」展が、東京ステーションギャラリーで9月から始まり、その後、栃木県立美術館、長野県立美術館、愛知県碧南市藤井達吉現代美術館の3美術館を巡回します。また12月には、入江観先生をはじめ、第40~42回前後に会員となり、春陽会のみならず美術界で活躍された先生方の作品を紹介する「春陽会第4世代の作家たち」展を、東京都美術館で開催します。
展覧会と並び、記念事業のもうひとつの柱が「春陽会web史料館」の開設です。春陽会が所蔵する100年分の膨大な資料から、今回はごく一部を特別展示しましたが、すべてを手に取って見ていただくことは物理的に難しいので、web上でのアーカイブとして、データベース化したものを公開しようというものです。日本の美術団体では、おそらく初めての試みだと思います。作家名を検索すると、関連する作品や資料が全部見られるので、研究材料としても活用いただけます。
そして最後に、それらの企画事業すべてを編纂し、100年史として刊行物にまとめる予定です。
―今後の抱負を教えてください。
小池:今年、会員推挙になった方が5人いるのですが、受賞式の時に入江先生が、皆さんは100年の歴史を背負ってはいるけれども、これから新たな歴史をつくっていくのだという気概を以て活躍していただきたい、という旨のお話をされました。まさにその通りで、過去を振り返ることも大事ですが、これから先のことを一人ひとりが考え、一回一回、いい作品をつくって発表していく。漫然と続けていくのではなく、継続していく意味を自覚して行動することが大切だと思います。いい作品を発表するということは、若い人たちにも伝わるような、魅力ある表現を意識する必要もあるでしょう。迎合するのではなく、先ほど田口さんがおっしゃったように、自分の感じたことを伝えたい、共感してもらいたいという延長線上に、若い人たちに伝わるものがある。みんながそれを意識して取り組むことで、会も変化発展していくのではないかと思います。
(文・構成=杉瀬由希)
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