第96回 春陽展(2019年) 「Rahu」損保ジャパン日本興亜美術財団賞
「絵画」「版画」の2部門に多くの優れた作家を擁し、97年の長きにわたり日本の美術史上に足跡を残してきた「春陽会」。昨年、第96回春陽展において、大作『Rahu』で損保ジャパン日本興亜美術財団賞を受賞した今尾啓吾氏に、春陽会の特徴や自身の制作について話を伺った。
今尾啓吾(いまおけいご)
- 1976 岐阜市生まれ
- 1996 日本デザイナー学院名古屋卒業
- 1999 第76回春陽展に初出品
- 2012 第89回春陽展-奨励賞 国立新美術館、東京
- 2013 第90回春陽展-奨励賞 国立新美術館、東京
- 2014 第91回春陽展-春陽会賞 国立新美術館、東京
- 2015 第92回春陽展-奨励賞、会員推挙 国立新美術館、東京
- 2016-2018 春陽展 出品
- 2017 個展 ギャラリー惣、東京
- 2019 第96回春陽展-損保ジャパン日本興亜美術財団賞
- 2020 1月13日〜18日 個展開催予定 ギャラリー惣、東京
— 春陽展に初めて出品されてからちょうど20年だそうですが、応募するようになった経緯を教えてください。
母が春陽会に所属していて、僕が学生の頃から春陽展に出品していたので馴染みがあったんです。春陽展に出品している人たちの岐阜地区の集まりと、中部全体の集まり(年展)があり、最初は岐阜地区作家展から出品しました。春陽展は1999年の76回展に初出品して入選。白黒のエアブラシの絵でした。
— 春陽会の特徴はどんなところにあると思いますか?また春陽会に所属していることは、ご自身の作家活動にどのような影響を与えていますか?
- 春陽会の魅力は、多様な、異なる表現、考え方を、作品を通して会自体が吸収していくところにあると思います。皆、全く違うことを独自に追求しています。全国の各地域で研究会が開かれていて、持ち寄った作品を見て批評を受けたり意見を交わし合ったりできるので、他人の視点が得られて参考になります。また春陽展で受賞した作品を展示する「受賞作家展」は、毎年会場を変えて全国のいろいろな美術館で行われるのですが、その都度、その地域の研究会が尽力してくれています。今回は島根県立美術館で開催され、山陰研究会の皆さんのお世話になりました。
- 春陽会に所属したことで、グループ展など一緒に絵を飾る仲間ができたり、個展をやるように勧めていただいたり。これは自分にとってありがたい、大きなことです。それまで自分では飾れるほどの絵だと思っていなかったので、グループ展や個展を開くことは考えたこともありませんでしたから。
2019受賞作家展 チラシ
2019受賞作家展 会場風景
— 絵はいつ頃から描くようになったのですか? きっかけや、影響を受けた画家や作品などがあれば教えてください。
- 幼稚園の時に授業でアルバムの表紙にクレヨンでナナフシの絵を描いたのですが、描いた感触や、それが褒められたことを覚えています。
- 子どもの頃、部屋に米倉斉加年の絵本やビアズリーの画集がありました。不気味な絵ばかりです。他の部屋の本棚にはピカソ展の図録があり、これにはもっと怖いものを感じていました。カラフルな絵や漫画のような線描の絵など楽しくもあるのですが、ピカソの自画像と思われる絵の表情や色に直接的な恐怖を感じ、恐いもの見たさでページをめくっていました。
- 高校生になって町の本屋さんでH・Rギーガーの画集を見つけ、これにはたいへん驚きました。高校を卒業するとグラフィックデザインの専門学校に行きましたが、もともとデザインのことをよく知らず、絵が描きたくてその学校に行ったので、デザインの道には進まず絵を描き始めました。最初は鉛筆やエアブラシで素描みたいなものを描いていました。図書館で画集など借りて片っ端から見るようになり、気に入ったのはピカソ、ゴッホ、宗教美術、民俗美術、シュールレアリスム全般、ノイエザッハリヒカイト。何でも手に取って見ました。
「gem」 2011年
「御坊」 2016年
— 独特な世界観を持った現在の作風やモチーフは、どのようにしてたどり着いたのですか?
テーマやモチーフは、描き始めの段階ではあまり用意していないことが多いです。思い切って何か描き始めて、どんな精神なのかとか考えながら造形や肉付けしていくうちに、普段興味を持っている事や神話など物語とイメージが繋がって発展していき、これでいこうと決まる感じです。最近はインド思想や神話の本など読んでいるので、それが絵に出てきています。
第95回 春陽展(2017年) 出品作品「太陽宮」
— 今回、第96回春陽展-損保ジャパン日本興亜美術財団賞を受賞された作品は、非常に存在感とスケール感のある大作ですね。どのようなメッセージや意図を込めて描いたのでしょうか? テーマやコンセプト、また制作上チャレンジされたことがありましたら教えてください。
この絵も何も決まっていないところからF100号を描き進めるうちに、インドの神話「乳海撹拌」のイメージにかたまり、出品まで時間があまり無いという時期にM100号2枚を両サイドに足して一気に拡張しました。通常、この神話を描いたレリーフなどは神々とアスラによる綱引きのような図柄、構図で表現されているのですが、物語のハイライトで撹拌の末、遂に出現した神の甘露アムリタを横取りする邪なアスラ、ラ―フ(Rahu)を中心に添え、ヴィシュヌ神により首を切断される場面を描きました。ラーフはエゴと執着の象徴であり、失敗や苦しみの原因です。
第96回 春陽展 「Rahu」162×324.3mm 損保ジャパン日本興亜美術財団賞
第96回 春陽展 会場風景 (左)絵画部(右)版画部
— 作家として大事にしていることと、今後の目標を教えてください。
- 人それぞれいろいろな絵肌、質感、描き癖があって、直接絵の前に立たないと分からないような力や念が絵から放たれていますから、実物をちゃんと見たいですね。3年前のゴッホとゴーギャン展で、ゴッホの『渓谷』を見られたことは貴重な体験でした。
- 目指しているのは、そういう体験も含めて「良い知識」を持つこと。伝えたい事や湧き上がってくるものがあって描いているはずなので、それをしっかり目に見えるように。感じとれるように描けたらと思います。
(取材・構成=杉瀬由希)
以下 第96回春陽会展 受賞作品より
伊藤 昭二「晩冬路」F130 絵画部 中川一政賞
森島 勇「池の端の冬」58×86mm 岡鹿之助賞
入手 朝子「Confusion II」 145.4×182mm 絵画部 春陽会賞
小山 瑞希「Daydream:Polis」F120 絵画部 春陽会賞
冨田 泰世「ねこたまご・ポコポコホコラ・六」 F130 絵画部 春陽会賞
森田 茂「between 14」版画部 春陽会賞
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