ギャラリートークの賑わい
- 今年(2019年)で結成から87年の歴史を持ち、
- 画壇の名門団体として、独自の気風を築き続けている「旺玄会(おうげんかい)」。
- 長きに渡る活動の原動力には、会の和を重んじつつ各自が自己の表現を追求してきた、会員それぞれの、ひたむきな制作への姿勢がある。
- 第85回旺玄展を前に、旺玄会の活動を支えてきた会のモットー、そして節目となる記念展の見所などを、常任委員の片山聖三氏に詳しくうかがった。
- 片山聖三[かたやませいぞう]
- 昭和8(1933)年、日本統治下の朝鮮・大邱市生まれ。東京大学文学部卒業。
- 平成8(1996)年、旺玄会初入選。
- 平成17(2005)年、旺玄会会員推挙。
- 現在、同会常任委員。
「画の探求、我の調和」を旗印に
80有余年の歴史を刻んで
- 昭和7年(1932)、帝展の中心的存在であった洋画家・牧野虎雄(まきのとらお、1890~1946)が、盟友、門下生らとともに創設した旺玄会(創設時は「旺玄社」)は、その結成から今年(2019)で87年を迎える。
- 「旺玄」の「旺」は「盛んにすること」。
- そして「玄」は「底知れず奥深いこと」。
- ここから「美術を専門的に深く追求することを積極的に行う」の意味を込めて会名としている。
- 昭和8(1933)年に第1回展を開催し、今年で85回目となる「旺玄展」は、平面絵画を中心としながらも、審査対象は油彩や日本画、版画、近年はデジタルアート、色鉛筆、コラージュまで幅広いジャンルに及び、創立以来の伝統である「自由な表現の尊重、公平な審査、開かれた運営」を堅持している。
- 牧野らが築いてきた旺玄会の気風、文化は、どこまでも深く絵画を追求する活動を盛んにしながら、無用な組織内の軋轢を排除し、作家がのびのびと創作活動に打ち込める環境づくりを目指すというもの。
- 昭和8(1933)年に第1回展を開催し、今年で85回目となる「旺玄展」は、平面絵画を中心としながらも、審査対象は油彩や日本画、版画、近年はデジタルアート、色鉛筆、コラージュまで幅広いジャンルに及び、創立以来の伝統である「自由な表現の尊重、公平な審査、開かれた運営」を堅持している。
- そのことは、平成27年(2015)、それまでの会のモットーから会是となった「画の探求、我の調和」にも象徴的だ。
- さらに、常任委員の片山聖三氏は、会の特徴について次のようなエピソードを語ってくれた。
『エライ人』をつくらない組織づくり
─ お互いが切磋琢磨できる、かけがえのない仲間たち
- 以前、応募を考えている人から「旺玄会ってどんな団体ですか?」と聞かれた際、当時の幹部役員の一人はこう答えたという。
- 「旺玄会には、絵の上手な人はたくさんいますが、『エライ人』は一人もいません」
- 『エライ人』というのは、「威張る人」「権威を振りかざす人」といった意味だ。
- 大きな美術団体であるため、会の運営のための会長や副会長、事務局長、支部長といった役職は特定の人に振り分けられている。
- しかし、これらを担当する人は、会を運営する役割に徹しており、組織の上下関係はまったく意識していない。
- 片山氏は続ける。
- 「もっとも、絵画の団体という性質上、それぞれの技量の向上に合わせて、会友、会員、委員などの階層は生まれてきますが、これは身分の差別ではなく、各人の向上目標でもあります。お互い、今や会是となっている『画の探求、我の調和』を旗印に、自らの求める芸術を追究して、お互いに切磋琢磨することで集まっている仲間たち、それが旺玄会です」
- 旺玄会は全国的な組織のため、全員が顔を合わせる機会はなかなかなく、東京で行われる毎年の展覧会「旺玄展」に、遠く離れた地域の人が作品を見に行くのも、なかなか大変だ。
- それでも、毎年の旺玄展での授賞式・懇親会には、全国から150名以上の出品者が集まり、見知らぬ顔が旧知の間のごとく手を握り合って、会は大いに盛り上がるという。
第84回旺玄展での、授賞式・懇親会の賑わい。2018年5月、上野精養軒にて。
賞の増設、新人のサポート …
若手育成への意欲的な取り組みが結実
- 旺玄会が近年、特に力を入れていることの一つに、新人や若い世代の育成がある。
- その取り組みには、どんなものがあるのだろうか。
- まずは、出品規定のなかで出品料の年齢による補助制度を設けたこと。旺玄展への出品に際しては、25歳以下であれば全額、30歳以下なら半額の出品料が免除となる。
- 次に、若手にとって魅力ある賞の増設。新人賞や若手作家優先の賞「損保ジャパン日本興亜美術財団賞」に加えて、前々回の第83回旺玄展より、有力な旺玄会創立会員の一人だった田澤八甲(たざわはっこう、1899?1970)の名を冠した「田澤八甲賞」を設立して、若手作家専用の賞とした。
- その結果、旺玄展の応募者は、ここ2、3年の傾向として、若い作家を中心に、初出品者の増加が目立つようになり、会場にはこれまでの旺玄展では見られかったような画風の作品も加わり、多彩な作品で会場が賑わうようになってきている。
- 第84回展では、新人賞に現役の美大生・瀬崎彩乃が、そして田澤八甲賞には第83回展での新人賞受賞者・鈴木裕太が入賞するなど、若い世代の積極的で継続的な応募と、その結果の入賞があった。
- これは、会の試みが早くも確実な成果を上げていることを物語っている。
- 背景には、前述の出品料や賞の改定のみならず、ホームページの出品申し込み欄を通じて、旺玄会事務局長に直接メール連絡ができ、不明点や悩みにも答えてもらえるという細やかなサポート体制も、大いに影響しているといえるだろう。
第84回旺玄展 新人賞 瀬崎彩乃《渇き》(一般)
第84回旺玄展 新人賞 瀬崎彩乃《渇き》(一般)
(左)第84回旺玄展 玉之内賞 山崎良太《薫ートロッコ道ー》(昨年の田澤八甲賞受賞者、会友→会員推挙)
(右)同展 損保ジャパン日本興亜美術財団賞 津田峰彦《不惑の自画像》(会員)
第84回旺玄展 旺玄会賞 溝江晃《辿る》(一般→会友推挙)
友として、師として、刺激を受ける作品写真
─ 図録が結ぶ会員同士の縁
- 図録の刊行作業の改革も、新たな取り組みの一つだ。
- 第78回展(2011年)より、それまでは会員の出品作品のみを収録していた図録を、一般応募者を含む全出品者の作品、約500点を掲載することに。
- この形式で、すでに8冊を世に送り出している。
- この図録は、会にとって貴重な活動記録となることはもちろん、出品した個人にとっても記念すべきものとなる。何よりの効用は、出品作家が図録を開くことで、旺玄展という一つのお互いの作品に刺激され、作品水準の向上につながることだ。
- また、第83回展(2017年)からは、図録のページ内に各支部活動のPR欄も設け、支部同士の交流の活性化にも活用されている。
- 「この図録は、ぜひ一度手に取ってみていただきたいです」
- 片山氏は言う。
- 「500点もの作品写真は、見て楽しいだけでなく、作品制作にとっても大いに参考になるはずです。目標となる作家、話を聞いてみたい作家が見つかるかもしれません。その意味で、図録は制作の友であり、教師でもあるのです」
第84回展の図録。通常価格2,500円、入選者優待価格2,000円だが、
今回の第85回展より、一般出品者も入選者優待価額で購入が可能に。
会ごとに趣向を凝らした、小品展や記念展
─ 会員の制作の励みとなる企画展示
- 旺玄展の見所は、本展以外の特別展示にもある。
- その一つが、小品による企画展示だ。
- 前回の第84回旺玄展における企画展示は「さまざまな顔の表現」をテーマとし、全国19支部からの推薦に、本部推薦を加えた45名の作家たちの作品で開催された。
- 第83回の企画展示テーマが、「わがふるさとの山河」と、比較的挑戦しやすいテーマであったのに対し、第84回の「さまざまな顔の表現」は「単なる肖像画的表現でない、その人ならではの人物像を」という難しい条件を付けたことで、テーマ発表当初は不安もあったと片山氏は言う。
- 「ところが蓋を開けてみれば、これまでにない新領域を開拓する意気込みで制作に臨んだ作品が集まり、見応えのある展覧会となりました」
以下、第84回旺玄展企画展示「さまざまな顔の表現」出品作品。
(左)佐藤均《オレ》油彩 F10号(会員/秋田県)
(右)高桑昌作《Io sono cosi(これが私の…)》ミクストメディア F15号(常任委員/埼玉県)
(左)市原智美子《喜怒》アクリル F10号(会員/徳島県)
(右)志澤保子《雨音を聴く》油彩 F20号(委員/神奈川県)
大塚誠 《吾輩はヒマワリである》版画 89×70cm(会員/東京都)
(左)津波信久《20歳と56年後の今顔》ミクストメディア F20(会員/沖縄県)
(右)高橋憲悦《睨む・真夏の夜》(会員/青森県)
5年ごとに開催の特別展示「記念展」
─ 活動の節目となる重厚な展示に
- 旺玄展特別展示は、小品展のほかにもある。
- それが、5年ごとに開催される「旺玄展記念展」だ。
- 旺玄展の開催回数の、末尾が0の年には、何らかの形で創立者の牧野虎雄にちなんだ展覧会を、そして末尾が5の年には、それ以外の先輩作家の展覧会を企画してきた。来たる第85回展は、まさにこの記念展にあたる。
- 第85回展では、「旺玄会史を彩った作家たち」をテーマに据え、旺玄社時代から今日まで、旺玄会に大きな足跡を残してきた作家たちを、幅広く取り上げる予定となっている。
- 展示作家は、時代別に区切って選別されている。
- まず、戦前の「旺玄社」(旺玄会の戦前の名称)創立時から長期間にわたって活躍した作家として、田澤八甲、阪井谷松太郎(さかいだにまつたろう、1907~2008)、近藤せい子(1916~2008)、杉浦勝人(すぎうらかつんど、1910~84)、五十嵐麗雄(いがらしよしお、1911~2000)の各氏を選んだ。
- 彼らは、創立者である牧野虎雄の盟友、門下生でもあった、いわば「会史第一世代」の作家たちだ。
- 次に、太平洋戦争の激化に伴い、昭和19年(1944)、他の美術団体同様に活動を一時中断した旺玄社が、戦後、旺玄会として再出発した当初から参画した作家たちとして、高野真美(たかのしんび、1900~80)、市川加久一(いちかわかくいち、1905~88)、玉之内満雄(たまのうちみつお、1929~97)の三氏を選んだ。いずれも、長らく会の指導的立場にあった作家である。
- 高野真美は、《梳る女》などでも知られる林武(はやしたけし、1896~1975)とも親交のあった実力者であり、旺玄会では有力な後継作家を多数育成した。そして市川加久一は、関西地区の中心作家として、大阪以西の公募展「関西旺玄展」を立ち上げた。また玉之内満雄は、その独特な精密描写で当時の美術愛好家を魅了し、旺玄会の存在感を大いに高めた。それぞれ特筆に値する作家といえる。
- 次に、比較的最近まで活躍した、技量卓越の作家を選んだ。
- 該当者は多数あるが、今回は北川金治(きたがわきんじ、1917~2003)、宮城健盛(みやぎけんせい、1915~2001)、荒井孝人(あらいたかたみ、1923~2014)、吉尾房子(よしおふさこ、1922~2006)、吉尾芳郎(よしおよしろう、1928~2010)、遠井正夫(とおいまさお、1922~2009)の各氏が選ばれた。いずれも個性的で優れた描写とともに会務への貢献でも知られており、今日の旺玄会に大きな影響を残している。
- その他、旺玄社以来の出品者名簿を見ると、現在各会の創設者となっているような大物作家が一時出品していた記録があるが、その中で、主として知求会で活躍した佐藤多持(さとうたもつ、1919~2004)、幸田侑三(こうたゆうぞう、1930~2001)の両氏は、会員として在籍し、上位賞も受賞しており、会史に残る重要作家として取り上げた。
- 「いずれも個性的で、画風は極めて多様ですが、作家自身の美意識に基づく表現を貫いており、作家個人の自由な発想を尊重する旺玄会に相応しい作家たちであると言えます」
- 「制作された時代は異なりますが、作家の理想とする美への探求をお酌み取り頂ければ幸いです」
- 伝統の上に革新を重ね、前進を続ける旺玄会。
- 全国の仲間たちとともに自己の作品追求を目指して、あるいは、自身の画業の登竜門として、ぜひ一度、応募にチャレンジしてみてはいかがだろうか。
(構成=合田真子/文中敬称略)
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